幻は復活を見た
滋賀旭は復活を遂げた。捨てがたいおいしさを求めた多大な尽力
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 亀の尾と同時にその時代を席巻した米の品種に「旭」という米がある。旭は明治時代の代表銘柄でもあり、東の亀の尾、西のとまで言われていた。大粒で甘く、しかも肥料が少なくて済むのが特徴。当地方でも昭和30年代前半までは比較的多く栽培され、酒米にもよく使われていたようである。
 しかしながら、籾が揺れで落ちやすいという弱点があった。そのため改良品種に押され続け、当時総作付面積50万ヘクタールにも及んだは、やがて多くの田から消えていったのである。

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 コシヒカリの親とも言われるは、1909年(明治42年)に京都府乙訓郡向日町字物集の山本新次郎氏が「日の出」の栽培田から2穂の変型を選抜し、その後1911年に旭と命名された。そして、その第二世代の旭と呼べる米が「滋賀旭」である。
 この滋賀旭は「近江こだわり米工房」の浜田武二氏らの熱心な活動により十数年前に復活されたもの。当時幻の米が復活とメディアに取り上げられた背景には、同氏らが「あのおいしさは捨てがたい」と実直な思いで復活の努力を重ねた数々のドラマがある。

旨味がこびることはなかった。無農薬米と人とのまざりあい
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 私たちは浜田氏との出会いの中で無農薬のをいただけることとなった。
 その後聞くところによると、旭の原点はなんと京都府だったと知る。旭との出会いは、浜田氏との出会い。人々との出会いが私たちの地域にもつながっていたのは数奇な巡り合わせだ。米があれば酒は出来る。そこには人が関わっているのだ。
 これらの出会いが混ざり合い、幻の復活が現実となったを利用した純米酒造りが始まった。

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 そして平成15年、初の旭蔵舞を醸す。その結果、米の旨味がこびることなく、自然に伝わってくる自然酒と表現するような純米酒ができあがる。食中酒として蔵舞シリーズの中ではど真ん中の酒。淡麗で料理の邪魔をしない味わいである。
 最初の年、全日本酒類コンクールの純米酒部門に出品し、7位をいただいた。その後、コンクールにはこの旭蔵舞は出品していない。
 劇的な幻の米の復活劇と、人々との出会いに感謝したい。

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2011年、滋賀旭の「近江こだわり米工房」の浜田武二氏は子息の大輔氏に、米農家の田淵竹三郎氏は竹男氏とバトンタッチすることとなった。そして旭蔵舞は全国酒類コンクール純米品部門にて第2位をいただき、7位から2位へとなった。
その間、米も酒も作り手が一気に若返り、年齢を超えてつながっていたのである。今後のつながりはどこへいくのだろう。

旭蔵舞

旭に使用される米は、無農薬米としての認定をいただいたもの。和食だけに限らず洋食にも合わせる事ができ、料理の味を邪魔しない、食中酒向けの品。ぜひ寿司などに合わせ、繊細な味わいを引き立てる役割として旭を選んで頂ければと思う。

品名 旭蔵舞(あさひくらぶ)
酒米
精米歩合 60%
アルコール度数 15度